実が落ちる前に

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現在②-1 御枷島(おとぎじま)野口歩 ブログ小説 web小説

 久しく沙紀が夢に出てくることなんかなかったのに。

 紗江は寝汗で湿ったスウェットの胸元に指先を立てた。スウェットごしに爪の鋭い痛みが、胸につきささる。

 次の瞬間「、紗江の両腕が脱力した。ベッドにばたんと落ちる。「さっちゃん」と紗江は無意識のうちに呟いていた。

 さっちゃんは首を切られて、焼かれて、真っ黒になって見つかった。

 夢の続きか、かたく封印していたはずの記憶が何の前触れもなく襲いかかってきた。紗江は慌てて頭を振って、記憶を遠ざける。

 事件の翌日、紗江は焼け跡から引きずり出された沙紀の遺体を見た。目の前にあったのはたった一瞬で、遺体はすぐにシートにくるまれてどこかに運ばれてしまったが、紗江の目にはそれが焼き付いてしまった。

 だるい身体を引きずるようにしてベッドから出た。

 あんな夢を見たのは彼のせいだ。彼が紗江に事件の夜を思い出させる。

 十七年前の九月……。

 水城悠太朗は妻の由紀と娘沙紀を包丁で刺した。二人を殺害後、悠太朗はコーヒーに混ぜた睡眠薬を飲み、自宅に火をつけた。後の捜査で、悠太朗は台所のコンロに油をしみこませたタオルや新聞紙をかぶせ、居間まで素早く火が回るよう、衣類やタオルを導火線にして火の通り道を作っていたことが判った。いわゆる無理心中である。悠太朗は二人の殺害に使った包丁を腹に抱えたまま死んでいた。

 真っ先に出火に気付き消防に通報したのは、紗江の祖母千江だった。時刻は午後九時十五分。あの晩、紗江と両親は父親の実家に行って家を留守にしていた。家にいたのは祖母だけだったのだ。

 祖母の通報と近所の人の協力で火はすぐに消し止められた。当時、悠太朗の家族は母屋と廊下続きの納屋に住んでいたのだが、母屋に飛び火することはなかった。素早い消火活動にくわえ、一日中降り続いた雨も幸いした。

 紗江はあの晩のことを今でもよく覚えている。父方の祖父母と一緒にすきやきを食べていたのだ。島では魚ばかりだから、紗江はすきやきにテンションが上がっていた。電話が鳴り、お嫁さんが立ち上がる。お嫁さんは電話に向かって二言三言言った後、電話口に母親を呼んだ。

「お母ちゃん、どうしたん?」

 このとき祖母は何と言ったのだろうか。母親の顔からさあっと血の気が引いたのだ。

 その後、すぐに島に帰った。鍋に残ったすきやきが少し心残りだったが、フェリー乗り場に親せきの船を見つけたとき、事態が自分の予想のはるか上を行っていることを、紗江は子どもなりに気付いた。家についたとき、火はまだ消し止められていなかった。

 祖母は半狂乱だった。

 悠太朗は祖母の長男だ。本家に子供ができなかったため、悠太朗は本家の養子に入ったのだ。

 祖母は我が子の死に我を失った。

 いつもはお嬢様然としている祖母が髪をかき乱し、赤く血走った目で消防士につかみかっていた。紗江の目には、祖母の姿が鬼か般若のようにうつった。まだ子供だった紗江は心中の意味も知らず、焼けた納屋と泣き叫ぶ祖母の姿から、どうにかこの事態を理解しようと努めた。

 そのとき紗江は、沙紀の姿が見えないことに気付いた。

 島中の人間が本家に集まっていた。普段はどれだけ大勢の中にいても決して埋没することのない沙紀が、この晩に限ってはいつまで経っても姿を見せなかった。紗江は人ごみの中を探し歩きながら、ひょっとすると沙紀はもういないのかもしれないと思った。燃えているのは沙紀の家だ。

 翌朝、三人の遺体が焼け跡から見つかった。洋子の遺体だけがなかった。警察の捜査が進むうちに、洋子が行方不明になっていることが明らかとなった。洋子は悠太朗の養母、本家の嫁だ。

 紗江は優しい洋子が大好きだった。もしかしたら自分の祖母よりも好きだったかもしれない。しょっちゅう、農作業をする洋子の尻について遊んでいた。一度などは、遊んでいるうちに草けずりで指を切り洋子を慌てさせたこともある。紗江が血の出た指を唇で吸うと、洋子は野良着のポケットから飴玉を出した。「秘密だよ」と紗江の怪我をしていない方の手の平にのせる。お菓子を渡したことか、それとも紗江が草けずりで怪我をしたことか。その晩、紗江は祖母と一言も口をきかなかった。

 紗江は洋子を困らせるのが嫌だった。本家は特別だという思いがあったのか。ひょっとしたら親せきの中で軽く扱われる洋子に、紗江は幼心に同情していたのかもしれない。

 警察は洋子の行方を探した。だが、見つからなかった。そのかわり、洋子の行方を示唆する証言が島民から出た。

 事件の日の夕方、悠太朗はゴミ袋のような大きな袋を自分の軽自動車の後部座席に載せていた。目撃したのは島の漁師で、生前の悠太朗に関する最後の目撃情報だった。漁師は海からの帰りで、悠太朗に雑魚をやろうとしたのだが、悠太朗のただごとでない表情を見てやめたという。場所は本家の門の前にある駐車場だ。声をかけそびれた漁師は背後から悠太朗の様子を見ていた。悠太朗は後部座席の扉を開けて、足元の袋を両手で抱え車に載せた。このとき後部座席は収められていて、袋は車の床にじかに置かれたという。背後の漁師に気付くと、悠太朗はぎょっと飛び上がってから後部座席の扉を閉めたらしい。漁師はたった今通りかかったところだと言って、その場を離れた。悠太朗はそれを聞いてほっとした様子だったという。時刻は午後六時過ぎ。漁師は船で、調子の悪いエンジンの機嫌をとろうとああでもないこうでもないとしていたのだが、日が落ちたのと雨が強くなったために、六時をしおに切り上げたのだ。悠太朗を見たのはその帰路でのことである。他の漁師たちの証言で、事件の日の夕方、雨の降る中港にいた者はいないことも後に判った。あの日の雨は夜に向かって次第に強くなる雨だった。

 漁師の証言があらかた集まると、警察と島民たちは同じ想像をした。

 袋の中身は洋子だ。悠太朗は洋子を島のどこかの崖から海に捨てた。島にはうってつけの場所がいくつかある。もしくは船を繰り港の外に出てから洋子を海に捨てた。つまり悠太朗は妻娘だけでなく育ての親も殺したのだ。警察は捜索を打ち切った。

 当夜、香が家にいなかったのは彼にとっては幸いだった。彼は修学旅行で島を離れていたのだ。 警察は事件前の悠太朗の行動は香の帰島を待たずに調べ上げていた。

 悠太朗は午後五時まで職場にいた。職場から家までフェリーと車で四十分。フェリー会社の社員も悠太朗の乗船を確認した。最後の目撃情報が六時過ぎだから、悠太朗の行動の大部分はすでに判明していた。

 警察が香から聞きたかったのは動機だった。

 悠太朗に悩みはなかったか。鬱の症状はなかったか。何かトラブルを抱えていたのではないか。

 警察は繰り返し香に尋ねた。

香は言いあぐねただろう。自分の口から言ってよいものかどうか。しかし、香は知らぬ存ぜぬで許されるほど、子供ではなかった。

 心中事件の半年前、本家の当主武朗が脳梗塞で倒れた。一命はとりとめたものの、麻痺が残ってしまった。またいつ二度目の発作が起こるかわからない。そんな状態の中で悠太朗は武朗の帰島を諦め介護施設を探したが、結局心中事件までに見つけることはできなかった。

 また、武朗は島の町長だった。当時、島は他市町との合併の是非をめぐって揺れていた。県議の経験もある武朗は合併に積極的だった。武朗の支持者は主に島の漁師や造船で働く者たちである。島にはもう一つ、みかん農家達が作る農家系の勢力があった。農家達は町長の座こそ漁師たちに譲っていたが、議会では多数派を占めていた。彼等は合併に反対だった。合併か否か、互いの勢力が火花を散らしていたとき、片方の頭である武朗が倒れたのである。次の町長選挙に向けて悠太朗は支持者たちに担ぎ上げられようとしていた。それまで武朗の影に隠れてのほほんと生きてきた悠太朗にとってそれは苦痛以外の何物でもなかった。

 トラブルは武朗の愛人、宮田浜子も運んできた。武朗が島に帰ってきそうにないことを察した浜子は悠太朗にこれまで通りの生活費を払うか多額の手切れ金を払えと迫ったのだ。武朗と彼女は五十年以上も続いた仲だった。彼女の要求は執拗で、悠太朗も最初は突っぱねていたが次第に折れていった。悠太朗は手切れ金を払うべく金の工面もしなければならなかった。

 悠太朗の坊ちゃん育ちゆえの気立てのよさはこのとき、全ての面において裏目に出ていたようだ。相手を黙らせる気の荒さも、要求をはねつける意志の強さもなく、おっとりかまえているうちに相手につけいる隙を与えては、あれよあれよという間に問題は大きくなった。悠太朗はいつも後手後手に回っては、相手のいいようにされていた。

 まだ小学生だった紗江の記憶には残らなかったが、当時の悠太朗は降って湧いたような不運の連続に人相まで変わっていたらしい。先日、武朗の葬式で香が宮田浜子に屈託がありそうな様子を見せたのも、彼がこのあたりの事情を知っているからだろう。

 ただ、今もって分からないのは、どうして悠太朗の狂気が自分の家族に向かったのかである。もっと正確に言うのなら、どうして養母である洋子に殺意を持ったのか。悠太朗が最初に洋子を殺し、時間をあけて妻と娘を殺したことは、二人の死亡推定時刻から明らかだ。二人の死亡推定時刻は午後七時から八時の間、洋子らしき袋が目撃された時間よりもずっと後なのだ。時間があいたのはおそらく洋子の遺体を始末したためだ。つまり、あの心中事件の発端は洋子殺しだったのだ。

 洋子と悠太朗の間にあった確執を知る者はいない。養父武朗との間もまたしかりだ。養子といえども悠太朗は、武朗にとっては血のつながった甥であるし、悠太朗が本家の養子になったのは生まれた直後のことだった。祖母は実母の名乗りをあげてはいたが、三人は本当の親子も同然だった。

 むしろ問題があるとしたら、それは洋子と祖母千江の間であった。

 洋子は祖母に対して負い目を持っていたようだ。養子云々を言いだしたのは亡き曾祖母静江であり、当時嫁であった洋子に口出しする余地はなかった。とはいえ、生まれて間もない子供を母親から取り上げ自分のものにしたことを洋子は死ぬまで気にやんでいた。狭い島での暮らしでは互いに知らない顔というわけにもいかないし、祖母が養子に出た家は本家の分家である。本家にとっては祖母の瀬田家は一番近しい親せきなのだ。何かにつけて、生みの母と育ての母は顔を合わせなければならなかった。そのせいで洋子は本家の嫁でありながら、静江が他界した後も祖母をはじめ親せき達に頭が上がらなかった。そして子を産まなかった嫁に対する親せき連中の仕打ちは最後まで冷淡だった。

 洋子の捜索が早々に打ち切られてしまったのも、一つには親せきの要請があったからだ。本家で心中ということだけでもとんだスキャンダルなのだ。さっさと葬式をあげて事件を終わらせてしまいたいというのが一族の総意であり、それをとりまとめて警察に訴えたのはほかならぬ紗江の母親だった。本家に残ったのは小学生だった香と、寝たきりの武朗だけだ。この期に及んで本家の意向を気にする者はいなかった。元々、悠太朗の死亡で捜査士気が著しく低下していた警察のこと、これ幸いと引き上げていった。

 香は両親と妹の葬式が終わると、本土に住む母親の兄夫婦に引き取られた。そうなるまでには瀬田家と樋山家の間でひと悶着あったが、紗江は覚えていない。

 香は知らない間に島を出て行った。そして、二度と帰ってこなかった。

 

 母親から預かった鍵で玄関を開ける。香が帰ってくるまでに母屋の空気を入れ替えておくのだ。

 今日は少し肌寒い。

 紗江はカーディガンのボタンを上までしめてから、縁側の戸を開け始めた。座敷の障子もすべて開け放った。昨年はり替えた畳が陽光を受けて香り立つ。ついでに土間と玄関の掃き掃除を済ませ、冷蔵庫のコンセントを入れた。

 全ての用事を済ませてから、紗江は縁側に座布団を出した。昼が近くになるにつれて、気温は少しずつ上昇していく。座布団の上で身体を丸めると、池の向こう、同じ目線に野良猫がいた。黒ぶちの猫は井戸のふたの上で身体を伸ばし、紗江と同じ体勢をとると前足を舐め始めた。

 昼過ぎに帰ってくるものをばかり思っていたから、正午の鐘と同時に香が門をくぐってきたときには驚いた。思わず座布団の上で飛び上がる。

 香は手で口をおさえながら、おかしそうに笑いをかみ殺す。

「お前は猫か」