実が落ちる前に

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現在②-3 御枷島(おとぎじま)野口歩 ブログ小説 web小説

 一休みした後、香は墓参りに行くと言って腰を上げた。葬式のときはばたばたして線香もあげられなかったという。紗江も一緒に外に出た。

 島の寺は新しい。戦前、山のてっぺんにあったものを現在の場所に移したのだ。移転は墓地を作るためだった。

 島の東に三神島という無人島がある。おそらく正式な名称ではない。その昔は人も住んでいたというが、戦前にはすでに無人島になっていたらしい。

 島では代々、三神島に墓を作り先祖を埋葬してきた。島に土地が少なかったためだ。一説には、元々、島の先祖たちは三神島に住んでいたともいう。昭和の初め、三神島が海軍に接収された。三神島の山が海軍基地に臨んでいたせいだ。当時の瀬戸内海は呉や宇品といった軍の重要な施設が多くあった。

 島の人達は三神島に行くことをやめた。当時、すでに農地になっていた南向きの斜面を避け、山の北側に寺を移し墓地を作った。このとき寺に土地を差し出したのは本家だったが、それでも全ての墓を三神島から持ち帰るのに十分な広さは確保できなかった。結果、島の人達は昔の墓は島に残し、新たに自分の代から島に墓石をたてた。戦後、海軍が解体された後も島の人達は三神島に戻らなかった。

 ゆえに寺の墓地には新しい墓しかない。本家でいえば、紗江や香の曾祖父母の墓が最も古い。

 曾祖父母の墓と香の家族の墓の間にまだ名前が刻まれていない墓がある。あの事件の前、まだ元気だった武朗が自分のために買ってきたものだ。事件後、その新しい墓に三人を納めようという話が出た。墓地に制約があるために、島では一つの墓に二代三代が納まるのが普通になっていた。武朗も生前の悠太朗もそのつもりだった。ところが入る順番が逆になったために、話は紛糾した。

 悠太朗の墓を別にたてると言い出したのは祖母だった。親せき連中は祖母の意図を疑った。墓を別にたてるのは、ゆくゆくは悠太朗を自分の手元に戻すための伏線なのではないか、と。祖母は悠太朗と同じ墓に入りたがっているのだと勘ぐったのだ。祖母自身は、自分の子が本家にとって災いになったことが情けなく、本家の墓に入れることを憚っただけだと言っている。だが口ではそう言っても、祖母の本心がどこにあるのかは誰にもわからない。

 祖母の行動は早かった。話し合いがまとまるのも待たず、一人で墓石を買ってくると、悠太朗とその妻、娘の骨を納めてしまった。親せきの中にはうるさく言う人もいたが、祖母がそうしたいと言えば口をつぐむ連中がほとんどだった。

 香は寺の井戸で汲んできた水を曾祖父母の墓から順番にかけながら、急に思いだしたように振り向いて紗江を見た。

「そうそう、ばあちゃんのことなんだけど、じいちゃんも死んだことだし、これを機に失踪宣告を受けることにした。弁護士もその方がいいだろうって。色々と手続きの面で。ばあちゃんが生きたままだと相続できないから」

 そのとき、風で舞い上がった砂が目に入った。手で目をこする。涙でかすれた視界、香の背後に洋子が立っていた。紗江はあっと叫びそうになったのをすんでで飲みこむ。もう、洋子の亡霊はいなくなっていた。

 墓前には新しい花があった。祖母が三日に一度は、花を取り替えているのだ。今朝もここに来たのだろう。いつもの習慣を曲げて、水曜日に来たのは十七年間も放ったらかしにした香へのあてつけに違いない。

 香はポケットからライターを取り出し、線香に火をつけ始めた。今日は風が思いのほか強い。海風だ。香はなかなか火がつかない線香にいらだち始めた。ライターの火が風で吹き消される度にかちかちと火をつける。紗江は風を遮るために体の向きを変え、香の手元に自分の掌をかざした。

 香は線香を半分に分けると、骨が入っている二つの墓の前に置いた。そして、手を合わせ、目を瞑る。紗江は彼に倣うふりをして、そっと彼の横顔を見つめた。人差し指が鼻先に当たっている。もし、今ここに沙紀がいたら、どんなに魅力的な女性になっていただろうか。

 彼の唇がかすかに動いた。何かを呟いている。今まで気付かなかったが、香は父親似だ。顔もそうだが、華奢な体つきも合わせた手の白さも悠太朗と瓜二つである。