実が落ちる前に

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現在⑤ 御枷島(おとぎじま)野口歩 ブログ小説web小説

 三神島で拾ったお守りは自室の机の引き出しの奥に入れた。そのまま、紗江はお守りのことを忘れるつもりだった。紗江は隠し事が苦手だから、お守りのことが頭をちらつくうちは、いつも通りの顔を祖母に向けることができない。三神島に無断で行ったことを、祖母に知られるのがこわかった。

 祖母にとって三神島は神域なのだと紗江は理解している。祖母の生まれてすぐ死んだ赤ちゃんが眠っている島だから。祖母から赤ちゃんを取り上げ、三神島、当時すでに島の人に捨てられていた島に埋葬したのは曾祖母だ。だからそこを侵すことは、家族であってもしてはいけない。

 そういえば、祖母の子供はどの墓に眠っているのだろう。御影石のひときわ立派な墓石があった。あれがその墓だろうか。あれだけは戦後の墓、三神島が捨てられた後の墓だ。

 紗江の曾祖父母の墓は三神島ではなく、この島にある。だから、やっぱりあの墓がそうなのだろう。

 また、余計なことを考えてしまった。紗江は自分の頭を叩く。考えれば考えるほど、お守りのことを忘れられなくなる。考えてはだめ、忘れなきゃ。

 ふと胸騒ぎが覚えた。

 胸に手を当て、ドキドキを確かめる。忘れ物をしている……何を忘れているのか分からないけれど、忘れていることだけは確信しているときの妙な気持ち。

 昨日、三神島から帰るときの船の中でも、紗江は同じ気持ちになった。焦燥感、今腕を伸ばさなきゃ、大切なものを逃してしまう。

 紗江は息を止めて、ドキドキのその先を見つめようとした。

 だが、だめだった。

 息を吐き出したときには、もう跡形もなくなって、疲れだけが残っていた。

 

「昨日はありがとう」

 すると、翔平はからかうように釣竿を左右に揺らしてから、

「お礼を言いにわざわざ来てくれたんだ」

「ちゃんと言っていなかったなと思って」

 本当は、家の中で祖母と顔を突き合わせているのが嫌だったからだが、お礼を言いたかったのも本当だ。

「紗江って、律儀な」

 紗江は蝶番が馬鹿になったクーラーボックスに腰をかけ、余った膝を胸に引き寄せる。膝頭に顎をのせた。

「なんか、違うな」

 紗江は翔平の横顔を見た。

「昨日三神島から見た海と、ここから見る海は」

 紗江は一度海を見た後、もう一度翔平に顔を向けた。

 翔平は海に手を伸ばす。その指先は一瞬宙をさまよったが、糸が切れたようにぱたんと太腿に落ちた。その後、翔平はもう一度手を持ち上げたが、今度は海を掴んでやろうとはせず、後頭部をひっかき回した。自分の頭のイメージをどう表現したらよいのか、その言葉を探しあぐねているようだった。

 最後、翔平は片方の頬をゆがめて苦笑した。

「うつるなあ、あの癖。あの人と一日一緒にいると。饒舌もうつればいいんだけど」

「いくら饒舌でも、何言ってんのかわからないんだから、意味ないよ」

 翔平はおかしそうに笑う。その後、急に真顔になった。

「本当にお墓参りのためだったのかな」

「えっ?」

「本当は、あの墓を掘り返したかったんじゃないのか。シャベルのありかだって、沖田のおっさんにわざわざ訊いて確かめていた」

「まさか」

 紗江は絶句した後、

「あんなの本気で言っているわけないよ。理由もなく、墓を掘り返すなんて、ばち当たりなこと」

「理由もなく……か」

 翔平はまた頭をかきむしった。

「でも俺の目には、本気に見えたんだよなあ。あの人、目が据わっていた」

 

 自宅に帰る途中、沖田と会った。

「三神島に行ってきたんか?」

 紗江は驚いて、沖田の顔を見直す。

「どうしてそれを」

 昨日の今日だ。どうして沖田が知っているのだろう。もしかして、紗江の知らないところですでに島中の知るところになっている? 祖母の耳に入っているのではないか、紗江は動揺した。

 だが、沖田には紗江の驚きが伝わらなかった。にこにこと笑いながら、

「本家のボンに三神島に連れていけと頼まれとったんじゃけど、腰を痛めてしもうて」

 ああ、そういえばそんなことを言っていた。

「腰はもうええんですか」

「ああ、もう大丈夫じゃ、大丈夫じゃ」

 紗江は頭に引っかかっていた翔平の言葉を沖田に尋ねてみた。

「三神島にシャベルがあるかどうか、彼は沖田さんに尋ねました?」

「シャベル? はて、儂はそがいなこと、言ったかいの。言うてない思うがの」

 翔平の言葉が頭の中でリフレインする。

(本当は、あの墓を掘り返したかったんじゃないのか)

 三神島にシャベルがあることを香は知っていた……沖田が教えたわけではない。香は元々、知っていたのだ……なぜ。

「あんたも一緒に行ったんじゃろ、三神島に」

 紗江は曖昧に頷き、愛想笑いを浮かべてから、

「でもどうして、私も行ったことを知っとってんですか」

「彼がそう言うとったけえ。最初にわしが連れていっちゃる言うたとき、もう一人、連れて行くけどええかって」

 沖田と別れた後、紗江は考え続けた。帰宅し、自室の机に座る。お守りのしまった引き出しに手をかけたまま、紗江は宙をにらんだ。

 香は最初から紗江を三神島に連れて行くつもりだった。沖田に断られたから、仕方なく紗江を介して翔平に船を出してもらった、紗江が三神島について行ったのは香にとってはいわば成り行き、紗江も翔平との仲介役のつもりで三神島に行ったのだ。その紗江の認識は誤りだった。

 となると、問題は昨日のどこまでが香の作為だったのか。昨日の三神島行きで香は目的を達することができたのだろうか。

 香は当初から紗江に言っていた通り、三神島の墓参りをした。

 香は墓を掘り返そうと言った。

 シャベルのことを口にした。しかし、彼はシャベルを取りには行かなかった……いや、行けなかった。翔平が止めたから。 

 香は墓を掘り返さなかった。その代わり、あのお守りを見つけた。

 紗江は引き出しにかけたままの手を見下ろした。手首の青い静脈、静脈が脈打つわけがないのに、紗江の目にはそこが震えているように見えた。

 耳を澄ませ、肩越しに自室のドアが閉まっていることを確認してから、紗江はお守りを取り出した。

 香は本当に墓を掘り返したかったのだ。

 でも、何のために……。