実が落ちる前に

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現在⑦-2 御枷島(おとぎじま)野口歩 ブログ小説web小説

 三神島の様子は先日と全く変わらない。陽射しの向きが違うだけ、墓の影を紗江は踏んだ。

 翔平が島の用具入れかシャベルを二本持ってきた。先日、香が言っていたシャベル、香の言った通り用具入れに入っていた。香はこのシャベルがあることも知っていた。この島に上がる前から、掘る気満々だったということはたしかだ。でもなぜ?

「沖田のおっさん以外の誰かに訊いたか」

 それなら、どうして香は沖田の名前を出したのか。

「もしくは」

「もしくは?」

「うーん、今は分かんね。とりあえず、掘ろうや。といっても」

 翔平は墓の前で仁王立ちになった。

「全部掘り返すのは大変だぞ。埋まっているとしたらどれだと思う?」

 紗江はお守りが埋まっていたあたりを指さした。小さな墓だ。何代前のものか分からない。

「あのお守り、悠太朗さんが持っていた気がするの」

 翔平の目が鋭く光った。

「本当か?」

「さっき、海の上で思い出したんだけどね」

 実際、紗江は今日まですっかり忘れていたのだが、祖母は各地の神社に行っては悠太朗にお守りを買って帰るのが習慣だった。自分が面倒を見られないかわりに神様に守ってもらおうと……祖母ははなから洋子を信頼していなかった。

(だけど、まだ百点満点の答えじゃない)

 ずっと胸に頭に、喉元に引っかかっているものがある。それが何なのか……悪夢から飛び起きたときから、いや、ここでお守りを見つけたとき……いや、もっとずっと前、香が島に帰ってきたときから、紗江は何かを探している。

 翔平が墓の前を掘り始めた。紗江もスコップを地面につきさし、土を掘り返した。だが、そこには何もなかった。三十センチほどの深さまで掘り返したところで、紗江らは穴を埋めた。

 どうせなら徹底的に。

 どちらが口にしたわけではないが、暗黙の了解で紗江らは隣の墓の前を掘り始めた。

 紗江らは二時間かけて、前列側の墓の前は掘り返した。後列の墓はとても古く、小さく、みすぼらしい。犬かヤギでも埋まってそうな墓だったしその前は一列目の墓のせいでほとんどスペースがない。悠太朗が好きこのんで、そんな場所を選ぶとは思えなかった。

 それにあのときはもう夜、あたりは暗かったはずだ。懐中電灯の明かりだけが頼り、暗闇でしかもどしゃぶりの雨の中、悠太朗は洋子を背負ってここまで登り、洋子を埋葬するための穴を掘った。

「実際にやってみると、よく分かるな。こりゃあ、重労働だな。やってできないことはないだろうけど。あの日は雨だったから、地面はもっと柔らかかったとはいえ」

 翔平は額の汗をぬぐいながら言った。

 紗江は手のひらの豆をつぶしながら頷く。

「で、どうする? そのへんも掘ってみるか?」

 翔平は墓の前のスペースをスコップで指した。

 紗江は首を横に振った。疲れていたし、それに悠太朗が墓から離れた場所に洋子を埋めるとは考えられない。もし、実際に悠太朗が洋子をこの場所に埋めたのなら、その意味は死体の処分ではなく埋葬だったはずだし、夜の暗い中、墓を目印にしなければどこに埋めたのか分からなくなってしまう。

 まあ、帰宅後すぐに死ぬつもりだったのなら、埋めた場所をはっきりさせておく必要はないのだが。

 紗江はそこまで考えて、違う違うと頭を振った。

 違う、そうじゃない。悠太朗が洋子を埋葬するためにここに来たのなら、その後は起きた事件は悠太朗の無理心中ではない。悠太朗が自殺か他殺かは不明だが(妻と娘の死体を見て自殺を決意した可能性もある)、少なくとも、三神島を出るときには悠太朗はまたここに帰ってくるつもりだったはずだ。洋子を仮の埋葬ではなく、きちんと埋葬するために。

「ここにおばあちゃんはいないよ」

 紗江は確信した。洋子はここにはいない。やっぱり、海の底にいるのだ。

 シャベルを元の場所におさめ、三神島を後にした。すでに日が落ちかかっている。風が冷たい。紗江は両腕を抱きしめた。

「彼に伝えるのか」

 紗江は船を操縦する翔平の手元を見ながら、

「だって、もう一度穴掘りに付き合わされるのは嫌じゃん」

「それはごめんだな」

 翔平は片手をグーパーしながら苦笑する。

「だけど、納得するかな。彼は父親の無実を証明するために島に帰ってきたんだろ」

「事実は事実だもの」

「そりゃあ、そうだけど」

 翔平はそれっきり無言になった。