実が落ちる前に

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現在⑦-4 御枷島(おとぎじま)野口歩 ブログ小説web小説

「三神島に?」

 香は訝しそうに眉をひそめた。

「この前、忘れものでもしたの?」

 とぼけているのか、それとも、本気なのか。夜の暗闇、外灯の明かりだけでは香の表情まで見極めることができない。

「おばあちゃんが埋まっているかもしれないと思って」

 表情は分からなくても、息遣いはわかる。それに足の運びも。香はすっと息をのんだ。そして、立ち止まった。

「翔平と一緒に掘ってみた」

「それで?」と先を促す香の声はかたい。彼の緊張が紗江にまで伝わってくる。

「おばあちゃんはいなかった。墓地の端から端まで」

 というのは少し言いすぎだったかもしれないが、悠太朗の気持ちになって洋子を埋めたであろう場所は全部掘り返した。

「だけど、何も出てこなかった」

「そう」

 香がまた歩き出す。

「香はこのために帰ってきたん? おじちゃんの無実を証明するために」

「今日のためだよ」

 紗江には彼の強がりとしか聞こえなかった。香の声は明らかに落胆していたからだ。

「結局、出てきたのはあのお守りだけか」

 香はため息混じりに言った。

 紗江はお守りのことも香に伝えていなかったことを思い出した。

「あれ、おじちゃんのお守りだよ。おじちゃんが車の鍵にぶら下げていた」

 香は「ああ、そういえばそうだったかもなあ。父さん、いつ落としたのかな」とどうでもよさそうに呟く。三神島に洋子がいなかったことで、あのお守りへの興味も失ってしまったようだ。まあ、紗江にくれるくらいだから、元々興味はなかったのだろうが。

「あれ、どうしたの?」

「持っとるよ」

「誰かに見せた?」

「誰かに? ううん、誰にも」

「ふーん」

 香の声はなぜか、さっきよりも落胆しているように聞こえた。

「明日の予定は?」

「ない」と言われたらどうしようかと思った。もうこの島でやることはない、法事も終わったし、納骨もしたし、それに洋子はいなかったし……と。

「明日……あー、何かあったような、何だったっけ」

 香は小首を傾げてから、

「ああ、警察だ。警察に行かなきゃ。朝、起きれるかな」

「警察?」

 紗江は眉をひそめる。

「まだ何かあるの?」

「書類にサインしろとか何とか言っていたけど」

 香は苦笑する。

「どうせ、怒られるからなあ。怒られに行くっていうのも、気が進まないな」

 火事の原因は香の煙草の火だったというのは本当のようだ。

「でも、煙草の火であんなに燃えるんだね」

 紗江はふと思いついたことを口にする。

「燃えるときゃ、燃えるみたいだねえ」

 香は他人事のように言う。

「でも、どうしてあんな時間に蔵に?」

「どうして……ああ、物音がしたんだ」

「やっぱり」

「猫でも入ったかなと思って、見に行って、いや、猫は本当に入り込んでいたんだけど、くわえ煙草でそれを抱きかかえたら、暴れられてね。で、うっかり煙草が落としちゃって、蔵に火がついちゃった」

「うっかりって」

 うっかりで本家の跡取りが先祖代々築き上げた一切合切を燃やしてしまったのだから、ご先祖様も草葉の陰で泣いているだろう。

「うちのばあちゃんが気付かなかったら、母屋も燃えとったよ」

 香は目を丸くした。

「通報したのはおばさんだろ」

「そうじゃけど、火事に最初に気付いたのはばあちゃん」

「そうだな。母屋が燃えなくてよかったな」

「でしょ」

 言いながら、紗江は彼の横顔を見る。思わず足を止めた。ぼんやりとぼけた声とは裏腹のとても険しい表情をしていた。だが、その一瞬後にはいつもの彼に戻っていた。仮面を取り替えるように……いや、紗江の見間違いだったのかもしれない。

「おたくのばあさん、あれ、本当に死にかけなのか」

「死にかけって」

 紗江は香の言い方に呆れる。

「ああ、いや、本当に末期がんなのかなあ、と。えらい元気じゃん。今日だって一日中、動き回っていたし」

「人前だけよ。今頃はもうダウンして、寝込んでいるんじゃないかな」

 明日からがくっと来るんじゃないかと紗江は心配している。

 香は「まあ、蔵も燃えちゃったしなあ」とまるで他人事のように呟いたが、ふと何かに気付いたように、香は見開いた目で紗江を見た。その目が何だか怖くて、紗江は思わず息をのんだ。

「なあ、お宅のばあさん、末期がんって話だけど、いつからがんなんだ」

「いつから……えっと、最初は胃がんで、そのときは私がちょうど高校受験の年だったから……」

「紗江が高校受験……紗江は俺より二つ下だよな」

 香は宙に視線を漂わせながら、頭のそろばんをはじいている。

「俺が高二のとき……か。そっか、だから」

 香は腑に落ちたような顔をしているが、紗江には何が何やらさっぱりわからない。だから、紗江はひどく不安になった。

「何が『だから』なの。何かあったの?」

 香はにっこり笑った。

「大したことじゃないよ。そうだ、入院する前はばあさんも旅行に行ったりしていたんだろ。昔は一人であちこちの神社や寺に行っていたよな」

 大したことじゃない……のか、本当に。紗江は疑いの目で香を見た。大したことじゃないわけがないという確信はあるが、香の屈託のない笑顔を見ると、本当に大したことではないのかもしれないという気がしてくる。

「がんの手術後は行かなくなっちゃったけどね」