実が落ちる前に

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毎陽新聞投稿欄・水曜日は子供の声②

 親だから、我が子の名前だから、名前一つつけるのも悩むのだろう。犬猫のようにはつけられない。

 従妹(佳子の娘だ)が生まれたときには、「ひかる」とつけようとして祖父の「待った」がかかった。「ひかる」では男か女か分からんというのが一つ目の理由。では、「のぞみ」はどうだ、と叔母が言うと、「新幹線でもあるまいし」と言って却下。「さくら」は花の名前だからだめ、「つばさ」も以下上と同じ、結局私と六つ離れた従妹の名前「みずほ」に決まった。まさか、数年後、同じ名前の新幹線が登場するとは。さすがの祖父もそこまでは予想できなかった。

 

 その点、私の兄の名前は間違いがない。今のところ、けちもついていない。

 姓が三文字だから、名前は一文字の方がよかろう、書いたときの見栄えがよいし、試験のときのハンデにもならない。名前は一生ついて回るものだし、人生には試験が幾度もあるし、跡継ぎの兄はそれらの試験をことごとくパスしてもらわなければならない。我々がつける名前が大切な跡継ぎの足を引っ張るようなことは断じてしてはならないと、それはもう両親おじいちゃんおばあちゃんそろって、真剣に検討したそうだ。母方の祖父母にとっても兄は初孫、途中から彼らも加わって侃々諤々の議論が繰り広げられたらしい。その結果、決まった兄の名前は「広」、この一文字を決めるまでに、なぜ2週間もかかるのかは分からないが、たしかに間違いのない名前である。さすが、大の大人六人、膝をつき合わせて話し合っただけのことはある。

 それに引き換え、下の子で年子でしかも女の私の名前、四人の祖父母もさして興味がなかった。

 

 子供にとって、難しい顔をして大人たちが真剣に話し合っている光景を見るのは新鮮だ。だから、従妹の名前が決まった後、私の名付けのときのことを母に訊いてみた。私の名前をつけるときも、皆で話し合ったの?と。このとき、私はまだ自分が背負った十字架の重さを知らなかったから、無邪気なものだった。

 まず候補に挙がったのが「美雪」だった。私は産まれたときは、それはそれは雪のように白い赤ちゃんだったらしい。だが、祖父は「雪は消えるからだめだ、早死にしたらどうする」と言って却下した。この後、この赤ちゃんに恥ずかしさのあまり、本人が消えてしまいたくなるような名前がつけられるとは、祖父も想像だにしなかったのだろう。では母が「聡美は?」というと、「聡くて美しいなんて、そりゃ望みすぎだ」という。この祖父の一言で私の母親はへそを曲げた。このときに限って、日頃のファザコンはなりをひそめた。私は自分の不運を呪わずにはいられない。その後、祖父に相談なしに、夫婦二人で私の名前をつけたというのだから、母親の怒りは相当のものだったのだろう。だけど、親戚が皆集まって、赤ちゃんの名前をあれこれ考える光景を見た後だったから、夫婦二人でつけたという母の話に私は少しがっかりした。

 その私のがっかりを察知したのだろう、母親はこう付け加える。「あんたの名前はママとパパ、二人でつけたけど、名付けの本や姓名判断の本を全部読んでつけた名前なんじゃけえ、手抜きなんてことはないんだよ」たしかに我が家の本棚には、いまだに名付けや姓名判断の本が何冊もある。てっきり兄のときに買ったものだと思っていたが、私の名付けのときに買ったものらしい。それはそれでありがたいけれど、彼らに必要だったのは名付けの本ではなく、辞書だった。「聡くて美しい」が望みすぎだという祖父の言葉は正しかったのだ。

 

 私は声を大にして訴えたい。だから、二番目は嫌なのだ、と。地団太もつけてやる。同じ末っ子なら、上と二つ三つ離れたかった。年子なんてあんまりだ。ここでも私は愚かな親のせいで、割を食っている。無計画にもほどがある。

 

 最近はキラキラネームやDQNネームが流行で、私の友達にも「月」とかいて「ルナ」と読む子がいるし、「緑夢」で「グリム」だの「七音」で「ドレミ」だの、しまいには「騎士」と書いて「ナイト」だの、生まれる国も時代も間違えたとしか思えない名前の子もいる。クラス替えの名簿を見ても、何と読むのか分からない名前ばかりで苦笑してしまうほどだ。祖父の薫陶を受けた両親なんかは、DQNネームを頭から馬鹿にしているが、DQNネームの確信犯の珍妙な名前はユーモアだ。本人は苦労するかもしれないが、親が一生懸命考えてつけた名前なのだから、堂々と胸を張ればいい。「月」で「ルナ」だって、「騎士」で「ナイト」だって、何一つ間違えていない。

 

 キラキラネームもDQNネームも、それが世間の流行りなら、素直に乗っかればよい。

常識がないのなら、常識も教養もある祖父の言う通りにするべきだ。ない頭をこねくり回すくらいなら、何万人といる弥生ちゃんの親と同じように、我が子にも「弥生」とつければよかった。頭が悪いくせに、人と違うことをしようとする。人と違うことをして、それがセンスだと喜んでいる。「流行りに乗っかってキラキラネームやDQNネームをつけたりしないぞ」と周りを見下して、「今時、こんな古風な名前をつけるなんて、僕たちも変わり者の夫婦だね」なんて夫婦で悦に入って……本当に馬鹿じゃなかろうか。自分たちと同じことをする人がいないのは、自分たちが間違っているからなんて、思いもしない。

 馬鹿ほど「変わり者」だの「個性的だの」と言われて喜ぶのだ。人並にできない人を、オブラートに包むとき、変わり者・個性的ということに気付いていない。

名付けだの画数だの姓名判断だの、そんなものを調べる前にどうして、一度辞書をひいてくれなかったのか。そう思って本棚を見ると、広辞苑はおろか、国語辞典さえなかった。

 このとき、私は自分の親は馬鹿なのだと確信しました。

 周りの大人は、自分の親に向かって馬鹿だなんて、そんなことを言うもんじゃないというけれど、あいつらに馬鹿な親に振り回される子供の気持ちが分かるものか。誰も私の気持ちは分からない。自分は賢い、他人とは違うのだと思い込んでいる馬鹿ほど迷惑でおそろしいものはない。そのおそろしさを知らない奴らの言うことなんて、私は屁とも思わない。

 

 私は自分の名前が嫌いです。

 両親が一生懸命考えてつけた名前であろうと、好きになることはありません。自分の名前を口にするとき、書くとき、呼ばれるとき「馬鹿」のプレートを胸からぶら下げて歩いている気分です。それもこれも全部、馬鹿な親のせいです。自分の馬鹿や愚かなこと、それによって受ける不利益や代償は自分達で背負うべきなのだ。馬鹿親の子だからといって、名づけに全く関与していない私が馬鹿呼ばわりされなければならない。子供は親を選べない。「馬鹿だ」と指さされて笑われるべきなのは私ではなく、あの二人だ。だから私は大人になったら、改名します。

 自分の名前を変えること、それが私の将来の夢です。

 

(西第二小学校6年生 三田村小春)